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『99%の誘拐』感想:傑作二時間サスペンスドラマ

また本の感想です。

今日紹介する本は、僕が活字を読むようになって間もない頃に手にした、岡嶋二人さんの『99%の誘拐』です。

『99%の誘拐』あらすじ

「末期ガンに冒された男が、病床で綴った手記を遺して生涯を終えた。そこには八年前、息子をさらわれた時の記憶が書かれていた。そして十二年後、かつての事件に端を発する新たな誘拐が行われる。その犯行はコンピュータによって制御され、前代未聞の完全犯罪が幕を開ける。第十回吉川英治文学新人賞受賞作!」

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

です。

吉川英治文学新人賞を受賞した本作の刊行は1988年10月。つまりちょうど20年前になります。
その後、1990年8月に本作は徳間文庫に収録され、2004年には新たに講談社文庫から刊行されて、2005年に「この文庫がすごい!」の1位を獲得しました。
僕が手にしたのは、この講談社文庫版になります。手にした理由は、帯に「この文庫がすごい!の1位を受賞!」と書かれていたからです。とりあえず、今現在評価されている本を読んでみようとしたわけですね。

物語は、昭和51年1月15日に、癌によって47際の若さで亡くなることになった大手カメラメーカー「リカード」の半導体機器開発事業部長・生駒洋一郎が病床で息子宛に綴った手記によって幕を開けます。

かつて洋一郎は、小規模ではありますが大変に先進的な技術力を有する「イコマ電子工業」という半導体製造メーカーを経営していました。しかし、そのイコマを黎明期から支え、技術と経営の後ろ盾になっていた外資企業が不祥事を起こしてしまい、イコマも窮地に立たされます。その際に手をさしのべてきたのが、大手カメラメーカーのリカードでした。リカードは市場が拡大していた半導体事業に乗り出そうとして、イコマの技術力を欲していたのです。
しかしながら洋一郎は、大企業であるリカード側からの合併の提案が事実上の吸収に他ならないとして、独立の道を模索します。彼は私財の全てをなげうって5000万円を用意し、再起を図ろうとしたのですが、その矢先に、彼の息子であり、幼稚園児であった生駒慎吾が誘拐されてしまうのです。身代金は5000万円。洋一郎は、愛する慎吾を取り戻すため、事業の再起の為の資金である5000万円を失います。結果、慎吾は無事に解放され、イコマはリカードに吸収合併、そして事件は未解決のまま、闇の中に消えていったのでした。

その洋一郎が病床で綴った手記の最後にはこう書かれていました。

「慎吾、強い人間になって下さい。私は弱い人間だった。最後までやり遂げることができない人間だった。慎吾、お前は違う。やり遂げて下さい。弱い人間は私だけでいい。慎吾、お父さんを許して下さい」

それから12年。
リカードの優秀な社員となっていた生駒慎吾は、かつて父に辛酸を嘗めさせた誘拐事件をなぞるように、リカードに対する完全犯罪を企てるのです。

と、設定からして燃えるものがあります。

リカードの社長の孫を誘拐しながら、1人のリカード社員として、その身代金受け渡しの担当者になる慎吾。自作自演の状況で、リカードと警察当局に協力して信頼を得ながら、強固なる意志と、用意周到かつ臨機応変な思考で彼らを騙し続ける慎吾の姿は圧巻であり、本作の魅力の1つです。優れたエンターテインメント性を有した二時間サスペンスドラマの傑作を見ているような気分に誘ってくれます。

また、本作の大きな魅力は、ハイテク機器を存分に用いた犯行であるということです。
「ハイテク」なんて言葉は、一時期に比べると、もうあまり聞かなくなりましたが、ともかくこの作品では、パソコン、パソコン通信、BBS、チャット、OCR・・・等々、ハイテク要素が満載です。これらは、2008年の現在に生きる我々から見ると、古臭さを感じることも否めません。そしてそれが本作の評価を落としてしまいそうな面もありますが、それ以上にこうした要素を用いた作者の先見性に驚くことの方が大きいかと思われます。


尚、「岡嶋二人」とは、徳山諄一さんと井上泉さんによる共著のペンネームなのですが、本作は、事実上井上泉=井上夢人さんの手によるものだと認識しておられる方もいるようです。
本作の刊行後間もなくして「岡嶋二人」は解散することになるのですが、興味がありましたら、解散前、解散後の作品を読み比べてみるのも面白いかと思います。


岡嶋二人『99%の誘拐』

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

99%の誘拐 (講談社文庫) Book 99%の誘拐 (講談社文庫)

著者:岡嶋 二人
販売元:講談社
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『容疑者Xの献身』感想:純愛?

こんばんは。
久しぶりに本の感想でも。

というわけで、今回は文庫化&映画化を記念して、東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』の感想です。

『容疑者Xの献身』あらすじ

「天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に秘かな想いを寄せていた。彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、二人を救うために完全犯罪を企てる。だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。ガリレオシリーズ初の長編、直木賞受賞作。」

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆満点!)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

です。
今回の感想は(も?)かなり長いです。

本作は現代において一二を争うベストセラー作家である東野圭吾さんの直木賞受賞作であり、2005年度の「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」で各1位、さらには「第6回本格ミステリ大賞」にも輝いたという、箔が付きに付いた作品です。
また、先に上梓されていた湯川学准教授(助教授)を中心にした「ガリレオシリーズ」初の長編でもあります。この「ガリレオシリーズ」は昨年末(2007年10~12月)フジの月9でドラマ化され、好調な視聴率を残しました。
故に、活字を愛してる方々の間ではもちろん、そうでない方々の間でも本作の知名度は抜群に高いことが予想され、ドラマをきっかけにして活字の世界に興味を持ち、本作が「初東野圭吾作品」になったという方もたくさんおられるのではないかと思います。

さて、そんな本作の満足度ですが、当初それは僕の中で非常な「ぶれ」を持っていました。
というのも、僕は、この作品の中で「石神がやったこと」を上手く消化できなかったのです。

東野圭吾さんは本作を「私の考えうる最大の純愛、最高のトリック」と称し、また多くの読者の方が「感動した」「涙した」との感想を書き綴られているわけですが、僕にはどうしても「石神がやったこと」が「純愛」とは思えなかったのです。

もちろん僕がこうした感想を抱いたのは、僕自身が、「恋愛」「純愛」なるものをよく理解していないということも大きいかと思います。僕は東野圭吾さんの『秘密』が大好きで、大いに心を揺さぶられたのですが、そう感じなかった読者の方々も大勢おられます。それは個々人の性別や年齢、恋愛・人生経験等々といったものが大きく関わってると考えられるからです。どちらの考えが正しい、と言えるものでは無いと思います。そしてそうした「受け止め方の違い」が、『秘密』の大きな魅力だと思っています。
『容疑者Xの献身』でも同様のことが言える面がありますが、少なくとも東野圭吾さんご自身が「最大の純愛」と仰られているのですから、「石神がやったこと」を「純愛」と受け止められなかった場合、本作への個人的な評価は必然的に下がるのも致し方ありません。

ともかく僕はそうして本作の大きなテーマである「石神の純愛と献身」を理解できなかったものですから、その読後感はすこぶる悪く、満足度も非常に低いものでした。
他にもいくつか気になることがを挙げれば、文章表現に「おやっ?」と感じることがあったこと(これは僕の文字を追うテンポの問題の方が大きいかと思います・・・)、石神が花岡靖子(と美里)に想いを寄せることになる出来事が、「最大の純愛」のきっかけとしては陳腐に感じられたこと(まあ、人が人を好きになるきっかけは他愛もないことがほとんどですが・・・)等があります。粗探しですが。
あとは、アレです。こういうたくさんの賞を冠した作品なので、僕は自分で評価のハードルを上げていたというのがあります。人気作家には付きものの問題ですね。

さてさて、そうして僕は何だかあまり満足も出来ずに読了となったのですが、時間が経ち、読了後間もない僕の頭を占めていた感情的な思考が、次第に論理的なそれへと変わっていくと、本作への評価はたちまち上昇していくことになりました。

本作にはいくつもの優れた点が存在しています。

まず、トリックが見事です。伏線も実にフェアです。そしてそのトリックの難度が絶妙なのです。

ミステリは時に誰にも思いもしないようなトリックをして、その作品の評価を高めようとすることがあります。ですが、あまりにも難解で突飛なトリックが、読者の興を醒ましてしまうことも少なくありません。
『容疑者Xの献身』のトリックを完全に暴けなかった僕が言うのもなんですが、本作のトリックの難度はすこぶる高いというわけではありません(もちろん安易なものでもありません)。おそらく湯川准教授のような慧眼を発揮して、トリックを解かれた読者の方も多いと思われます。本作におけるトリックは、ちょうど花岡母娘と事件との間の関連性を強く疑いながらも、捜査の手が空振りを繰り返すことになってしまった警察のように、多くの読者も、石神の仕掛けたトリックの片鱗を掴み、なんとなく解けそうだなぁ…と思いながら、それを完全に具体化出来ない、そういうような難度だと思います。
この「あとちょっと感」は、東野圭吾さんの平易な文体と相俟って、可読性を非常に高めています。

また、平易な文体で複雑な物語を描いてるのは相変わらず流石です。また、作品全体の中で思わぬことが伏線になっていたりしていて、無駄な描写が非常に少なくなっています。これも流石だと思いました。
その他には、それまでの「ガリレオシリーズ」と違って、「理系で科学」な知識よりも「観察力」や「思考の盲点」がトリックと推理の鍵になっている点。これは好みの分かれるところでしょうが、高度に専門的な知識を用いないことで、結果的に多くの読者を獲得したとも思います。

さらには、友人同士である湯川准教授と草薙刑事の距離感も優れた点のように思います。「ガリレオシリーズ」では、湯川と草薙が事件解決のために協力し合うのですが、本作では、湯川と石神がともに才能を認め合った「古い親友にして好敵手」であることから、湯川は草薙に全面的に協力しません。それ故に本作は、湯川対石神という単純な構図ではなく、湯川と石神の対決から逸れた位置にある草薙の視座を有しており、「石神が仕掛けたトリックは何なのか」と「湯川は何をしようとしているのか。そして何をして石神のトリックに気づいたのか」というミステリとしての広がりを持った物語の展開をしていきます。これも見事だと思いました。
そしてこのような展開をするに至った人物の相関関係…帝都大学同期生の石神・湯川・草薙の間の「友情」こそ、「純愛」と「献身」よりも、彼らの悲しい「友情」こそ、僕が本作の中で最も感銘を受け、心動かされた点でした。

最後に、オススメ度は満点です。
あらすじには「ガリレオシリーズ初の長編」と書かれていますが、平易な文体と無駄の少ない構成の為に非常に可読性は高く、中編感覚で読み終えることが出来ると思われます。
また、様々な賞を冠した作品ですので、それに挑戦する感じで読むのもいいと思います。感想と評価は分かれると思いますが。

最後の最後に。
来月ついに封切られる『劇場版:容疑者Xの献身』
楽しみにしているのですが、配役がちょっと不安です。特に石神の配役はどうかな・・・と。
いい意味で僕の予想を裏切ってくれることを期待します。

東野圭吾『容疑者Xの献身』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆満点)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

容疑者Xの献身 (文春文庫 ひ 13-7) Book 容疑者Xの献身 (文春文庫 ひ 13-7)

著者:東野 圭吾
販売元:文藝春秋
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『仮面山荘殺人事件』感想:純粋であったが故の楽しみ。純粋であったが故の罪。そして純粋なる愛。(ネタバレっぽいヒントあり)

今回は東野圭吾さんの初期作『仮面山荘殺人事件』です。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)

です。かなり高めの、甘めの点数になっています。

本作の上梓は1990年。東野圭吾さんの作品群にあっては初期作にあたるかと思います。
内容は題名の通り、館(山荘、屋敷)もののクローズド・サークル・ミステリです。

本作の主人公である樫間高之は、若くして映像制作会社を経営している実業家であり、しかもその会社は、近年「成功」した部類に入る業績をあげていました。その「成功」した要因の1つが、大企業・森崎製薬とのコネクションでした。

高之は2年前にある自動車事故に巻き込まれ被害者の立場になるのですが、その際の加害者側の人物が、森崎製薬社長・森崎伸彦とその妻・厚子の娘、森崎朋美(当時21歳)だったのです。
朋美はその事故の結果、左足首から先を失い、念願が叶いつつあったバレリーナとしての夢を失ってしまいます。自棄になった彼女は病室で自殺未遂に及ぶのですが、たまたま高之が見舞いに来ていたため、一命をとりとめることになるのです。
この件で高之は森崎社長夫妻から大きな信頼を得ただけでなく、朋美とも親しくなっていくきっかけを掴みます。
高之は見舞いを通じて、夢を失った朋美を励まし、小さな体で懸命にリハビリを頑張る彼女を美しいと感じるようになります。程なくして二人は純粋に愛し合うようになり婚約するに至るのですが、結婚式の4日前、朋美が運転していた車が崖下に転落し、彼女は亡くなってしまうのです。

警察は目撃者の証言や現場の状況から「事故」と断定しました・・・。

それから三ヶ月後、高之は森崎社長から例年行われているという「別荘での避暑」を一緒に過ごさないかとの誘いを受けます。朋美が亡くなったとはいえ、森崎夫妻は高之を本当の娘婿のように扱ってくれていたのでした。また、高之としてもバックに付いてくれている森崎製薬社長の誘いを断る理由はありませんでした。

こうして高之に森崎一家、森崎家の親類の篠一家、そして森崎社長の秘書に主治医など、計8名の男女が森崎家所有の別荘に集まり、朋美の追悼も兼ねた懇親会を催していたのですが、そこに突如逃亡中の銀行強盗犯たちが押し入ってきたのです。8人は軟禁状態に置かれて、山荘はクローズド・サークルと化してしまいます。

脱出や外部への連絡の試みはことごとく失敗に終わり、恐怖と緊張が極限に押し迫る中、8人にとって更なる悲劇が起こります。軟禁されていた8人の内の1人が他殺体となって発見されるのです。しかも現場の状況は、強盗犯らの犯行とは到底考えられないものでした・・・。

この中に殺人犯がいる・・・そう確信した7人の男女は次第に疑心暗鬼を募らせ、パニックへと陥っていくのですが・・・


文庫本にして300ページ弱、文体も東野圭吾さんらしく非常に読みやすいものになっているため、本格ものが好きな方でしたら一夜にして読み終えてしまう作品かと思います。
その点も含めて、長編である『秘密』や『白夜行』などを読んで東野ファンになったという方に、「こんなお話も書いてるんだよー」と個人的にオススメしたい作品でもあります。
そして「大どんでん返し」が好きな方にも、是非!という内容となっています。

ところで個人的満足度が9☆な件ですが、自分が本作を手に取ったのはちょうど3年近く前・・・まだあまり活字に慣れていなかった頃であったため、ほとんど先入観を持たずに純粋に楽しむことが出来たためです。
私はすっかり騙され、「なるほどー」と思ってしまいました。
今読むと・・・もしかするとトリックに気が付いてしまう可能性がありますので、そうなるともう少し満足度が下がるかもしれません。

ちなみに本作を読んでいて、なんか変な雰囲気といいますか、「違和感」を感じられた方は鋭いと思います。
その「違和感」は、この作品に仕掛けられたトリックの大きなヒントになってますので・・・。

あと、森崎朋美さんと篠雪絵さんについてどのような印象を抱くかでも、本作の感想は変わってくるかと思います。


東野圭吾『仮面山荘殺人事件』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)

ちなみに私は「雪絵さん、そりゃダメだよ・・・」という感想を持ちました・・・。

仮面山荘殺人事件 (講談社文庫) Book 仮面山荘殺人事件 (講談社文庫)

著者:東野 圭吾
販売元:講談社
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『時計館の殺人』感想:悲しく歪んだ愛情

今日は綾辻行人さんの館シリーズ第5作目であり、第45回日本推理作家協会賞受賞作でもある『時計館の殺人』の感想です。

まず初めに

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆★(7.5/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

です。

綾辻行人さんの館シリーズでも特に長い(文庫本にして600ページ強)のが、この『時計館の殺人』です。

綾辻さんのデビュー作『十角館の殺人』の冒頭で「エラリイ」が述べる「ミステリにふさわしいのは、時代遅れと云われようが何だろうが、やっぱり ね、名探偵、大邸宅、怪しげな住人たち、血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒な大トリック・・・・・・。絵空事で大いに結構。要はその世界の中で楽しめれ ばいいのさ。但し、あくまで知的に、ね」という台詞が、一連の館シリーズの中で一番よく当てはまってるのが本作だと思います。

本作は、十年前に一人の少女・古峨永遠が死んだ後、それに関連するかのように幾人もの人が死んでいったという「時計館」における一連の事件を扱った作品です。

少女の死より十年後、鎌倉の森の暗がりに建っているその「時計館」で、雑誌『CHAOS(ケイオス・・・たぶんムーみたいな雑誌)』主催による 「オカルト企画」を催すため、同誌の副編集長にカメラマン、そして『十角館の殺人』にも登場した(当時はK**大学の元ミステリ研の学部生だった)同誌の 新米編集者の江南孝明と、テレビ等にも出演している有名”霊能者”光明寺美琴に、W**大学超常現象研究会の面々が集まることになります。

「十角館」同様、建築家”中村青司”によって建てられた「時計館」は、非常に独特な・・・異様な雰囲気を放つ構造になってお り、「新館」には何故か館の入り口側から背を向け、時刻を示す針を持たない無い時計塔が、さらに、事実上窓さえ無い「旧館」には、ちょうど振り子時計を模したような間取りの館中に、108個もの時計がひしめいていたのです。
そしてこの「旧館」に、企画の参加者たちが三日 間外界から完全に隔離するように籠もって、降霊会を開き、亡霊と接触しようとするのですが・・・この「オカルト企画」の趣旨によってクローズド・サークル と化してしまった「時計館・旧館」において、連続殺人が起きてしまうのでした。

すぐそこに、固く閉ざされた扉を隔てた向こう側に・・・「時計館・新館」に、人がいるのに、「探偵役」がいるのに、連絡が取れない、脱出も出来ない。
そんな異常な状況がより恐怖感を増し、読者をより本作の世界へとのめり込ませているように思います。

殺人事件発生後、「時計館・旧館」に言わば「閉じ込められた」人々は、外部への脱出を試みるのですがそれがまず不可能と理解すると、「旧館」の捜索に乗り出します。
しかしそこで発見されるのは、ずたずたに切り裂かれた上に、どす黒い染みが大きく胸元を汚している純白のウェディングドレスなど、奇妙でおぞましいものばかり。

十年前に一体何があったのか?

そして、今起きてるこの状況は何なのか?

そして「時計館」のこの不思議な構造は何なのか?

この館の主・古峨倫典が遺した詩の意味・・・「沈黙の女神」とは何なのか?

本作で描かれている「大きなトリック」には気が付いてしまうかもしれませんが(私も残念ながら気が付いてしまいました)、館が持つ意味、動機や凶 器の必然性など、「大きなトリック」以外にも興味を惹くような謎が様々あり、それらは伏線として最後に綺麗にまとまっていたこともあって、個人的には大変 楽しませて頂きました。

ミステリ好きな方には是非オススメしたい作品でもありますが・・・ちょっと長い作品ですし、「大きなトリック」に気が付いた時点で興味を失ってしまう方もいそうなのが、少し残念ですね・・・。

ともあれ少女・永遠さんに安らかな眠りが与えられることを願って。



綾辻行人『時計館の殺人』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆★(7.5/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

時計館の殺人 (講談社文庫) Book 時計館の殺人 (講談社文庫)

著者:綾辻 行人
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日本推理作家協会賞受賞作全集〈68〉時計館の殺人 (双葉文庫) Book 日本推理作家協会賞受賞作全集〈68〉時計館の殺人 (双葉文庫)

著者:綾辻 行人
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『十角館の殺人』感想:その1行で世界は変わった

今日は、綾辻行人さんのデビュー作『十角館の殺人』の感想です。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)

です。

故あって3年ほど前からベッドで過ごすことが多くなった私は、その頃から活字を読むようになりました。
それ以前はともかく活字というものをほとんど一切読んでこなかったため、一体どんなものを読めばいいのか迷ったのですが、友人から勧められ本作を手に取ったのでした。

友人曰く「ともかく読んでみろ」と。

何でも本作は、ミステリの世界において「新本格」「綾辻行人以降」という言葉を生み、一種のメルクマールとなった作品だと言うので、「じゃあ、すごいんだろうな」と思い、軽~い気持ちで読んでみるかと思ったのですが・・・。

活字慣れしていなかったこともあって、ともかく序盤は読みづらく、ミステリ研のメンバーが、高名なるミステリ作家たちの名を渾名にして呼び合うのも「なんだかな~」と思ったものです(私は漫研などで「○○先生」と呼び合うのもすっごく苦手です)。
しかし「ミステリにふさわしいのは、時代遅れと云われようが何だろうが、やっぱりね、名探偵、大邸宅、怪しげな住人たち、血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒な大トリック・・・・・・。絵空事で大いに結構。要はその世界の中で楽しめればいいのさ。但し、あくまで知的に、ね」と言って社会派ミステリには辟易だという「エラリイ」の台詞には、「うんうん」と頷いていました。「そうだなぁ・・・僕もそっちの方が好きだ」という具合に。

そうして始まった物語は、大学のミステリ研の面々が、半年前に凄惨な四重殺人事件が起きた大分の沖合にある孤島の館を訪れ、そこでの出来事が描かれる「島の章」と、島に行かずに大分本土に残った元ミステリ研の面々などの模様が描かれる「本土の章」を、日ごと繰り返しながら進むものでした。
そしてセオリーどおりに島で起こる連続殺人と、以前に島で起きた四重殺人事件を調査したりする本土の章が描かれ、

「おー、一人死んだ」

「あ、また死んだ・・・」

「ああ、次はこいつが死んだかぁ」

などと『そして誰もいなくなった』のような展開に、特段驚くこともなく読み進めていったのですが、とにかくどこがどうすごいのか、浅学な私には全然分からない。
至って普通の・・・『金田一少年抜きの金田一少年の事件簿』みたいな印象を受ける始末。
また自分が活字離れしていたこともあって、「この作品がすごい!すごい!って言われるってことは、よほどそれまでのミステリはダメダメだったのかなぁ・・・」などと思い、

「あー早く終わって欲しい」

「で、結末はどうなのよ?」

と、正直もうじれったく、半分飽き飽きしながら読んでいったところに凄まじい勢いでのカウンターアタック。痛恨の一撃。

例の1行を読んだときの、目で追ったときの、確認したときの衝撃ったらなかったです。

「え?あれ?」

「あ、えーと・・・」

「あ!あ!うあ!そういうことかあああああああああ!」

と、頭の中だけではその衝撃を受け止めきれず、思わず声となって口から漏らし、いつの間にか今までのページをめくり直していました。

誰が犯人か?
トリックは?
動機は?

こうした謎には、読んでいくうちに大方予想がついた、という方はかなりいらっしゃるかとも思います。

ですが、この世界に仕掛けられていたもっと大きなトリックに気が付く人は、そうはいないのではないでしょうか?

なるほど、自分は最っ初から、綾辻さんの掌中で踊らされていたのだなぁ・・・と思い、「綾辻行人以降」という言葉が生まれたのも頷けるほどの衝撃でした。

たった1行で読者が抱いていた世界観をひっくり返すとは・・・
なるほど確かにこれはすごいなぁ・・・と思ったものです。

そうして生まれた「新本格」の流れから我孫子武丸さんなどがデビューし、その我孫子武丸さんが乙一さんの才能をいち早く見抜くなどして現在に至る流れを作ったと考えると、「うん、確かにこれはすごいわ」と何度も一人頷いていました。

今読むとちょっと古くさい感じもしますし、こうしたトリックが他の作品でも使われることが珍しくなくなってますので、自分が読んだときほどの衝撃度を得ることは出来ないかもしれませんが、ミステリ好きで大どんでん返しが好きで未読の方になら是非、オススメしなければ!という作品です。

綾辻行人『十角館の殺人』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)


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著者:綾辻 行人
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『ゴールデンスランバー』感想:「たいへんよくできました」な、三十路に贈る青春エンタメ(ネタバレあり)

今回は伊坂幸太郎さんの『ゴールデンスランバー』が第5回本屋大賞を受賞したとのことで、急遽予定を変えてその感想です。
ちなみに予定通りだと、アガサ・クリスティ女史の『そして誰もいなくなった』つながりで、綾辻行人さんの『十角館の殺人』をやるつもりでした。

ともかくまず最初に

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

です。
個人的満足度は、今後、本作を上回るような作品を書いて欲しいという気持ちも込めて9.5☆
限りなく満点に近い9.5☆ということで。
伊坂さんファンなので、ちょっと(かなり?)甘めかもです。
あと感想がまとまりを欠き長いです。

それから本作はなるべく前知識や先入観を持たずに読んで欲しいですので、そうして下さる方には即ブラウザバック推奨です(^-^)





さて、本作は「伊坂幸太郎的に娯楽小説に徹したらどうなるか」という発想から生まれた作品だそうで、実際、そのコンセプトを裏切らない500ページ強に及ぶエンターテインメント長編になっていました。相変わらず伏線の回収とまとめ方も素晴らしかったです。

本作の大まかなストーリーは、「セキュリティポッド」と呼ばれる最新の監視装置があちこちに配された仙台市街・・・その仙台市街でパレード中だった首相を爆殺したとの罪を着せられた三十路ちょい過ぎの男(ちなみに現在失職中)・・・青柳雅春の逃亡劇となっています。

首相暗殺と国家的陰謀(・・・そう!陰謀論!)の影。そして濡れ衣を着せられた無辜の一般市民とその逃亡劇・・・と、何やらハリウッド映画や日本 の他のあらゆる娯楽作品でも既にやり尽くされ手垢まみれの感のある設定でしたが、エンターテインメント性をしっかりと残したまま、冤罪に監視社会、そして マスコミによるメディアスクラム等の社会問題もしっかり取り入れてる点は、「流石だなー」と思わずにはいられませんでした。

さて、本作の妙はその構成にあります。

導入部となる第一部「事件の始まり」の後の第二部「事件の視聴者」では、事件発生からおおよそ3日間における事件の当事者以外(野次馬やマスコミ や目撃者や一般市民)の反応が描かれ、首相暗殺の黒幕(それが誰なのかは分からない)や、マスコミによって作り上げられた「首相暗殺犯・青柳雅春」の姿が 描き出されて、事件の視聴者とともに私たち読者もそこで「青柳雅春」なる人物のイメージを形成させられます。

しかし次の第三部「事件から20年後」では、ノンフィクションライターの調査書を用いる形で、事件の真相に関する様々な憶測が述べられた後、「た だひとつだけ確かなことがあるとすれば(中略)青柳雅春が、首相殺害の犯人であると信じてる者は、今や一人もいないだろう」と述べられ「逃げ続けていた二 日間、青柳雅春がいったい何を考えていたのか、誰にも分からない」と締めくくられているのです。

事件の喧噪に塗れた第二部と、事件を冷静に分析した第三部。
そこでは「青柳雅春」に関する評価が全く違ったものになっています。

そのギャップを埋めるのが、本作の核であり本編とも言える第四部「事件」です。

この第四部は、逃亡する主人公である「現在の青柳雅春」だけでなく、「学生時代の(昔の)青柳雅春」と、大学時代のサークル(それは本当にくだら ない、ファーストフード店でだべるだけの小さなサークル)仲間で、同時に青柳雅春の彼女でもありながら、その後彼と別れ、他の男性と結婚、大学卒業後勤め ていた会社を円満退社し、今や一児の母となっていた「現在の樋口晴子」と「学生時代の(昔の)樋口晴子」という主に4つの視点をもって重層的に描かれていま す。緊迫感溢れる逃亡劇を強いられている「現在」の鬼気迫る状況と、仲間たちと楽しく安穏とした日々を過ごしていた10年ほど前の「学生時代」の温かなエピソードが、こ の二人の視点を通すことでより強いコントラストを放ちながら、とても印象的なものとして描かれています。

また、本作を面白くしているのが、登場人物たちが三十路をちょっと越えたあたりということにもあると思います。

「何でも消えていくよね、ほんと」と第一部で樋口晴子が述べるとおり、三十路を過ぎた登場人物たちにとって、大学時代はまさに消え去ろうとしている過去。
学生時代の気分が抜けきらなかった20代前半と違い、20代後半から30代前半というのは、仕事ではより責任のある地位を与えられ、プライベート では結婚、そして子をもうけるなどして、人生の新たな目標を定めるような時期・・・そんな端境の時期にあって、疎遠となっていた学生時代の仲間たちが、こ の首相暗殺という大事件によって、過去の記憶を呼び起こしながら、動き出すのです。

家族を事実上の人質に取られ、陰謀に荷担させられていた大学時代のサークル仲間で親友でもあった森田森吾は、事実上8年ぶりの再会になる青柳雅春を 陰謀に陥れるために輸送中であった車内で、ビートルズの『ゴールデン・スランバー』を口ずさんだ後、「帰るべき故郷、って言われるとさ、思い浮かぶのはあの時の 俺たちなんだよ」と目を細めながら、学生時代を思い起こし、

「おまえ、オズワルドにされるぞ」

「おまえは逃げろ」

と、自らを犠牲にするように一人車内に残り、青柳雅春を逃がします。

また、同じくサークル仲間で1年後輩であった「カズ」こと小野一夫も、陰謀に荷担させられそうになりながらも、数年ぶりに再会した青柳雅春を逃がします。

そして何より昔の彼女であった樋口晴子も、です。

彼女は事件翌日の報道で、かつての彼氏、青柳雅春が「犯人」として取り上げられてるのを見て呆然とし、「別れてからもう大分年月も経つ・・・人は 変わることもあるかもしれない」などと思いつつも、報道される「首相暗殺犯・青柳雅春」の姿が、あまりにも自分の知ってる「青柳君」と違うことから、疑惑 と確信を抱き、娘の七美とともに行動を開始するのです。しかし彼女だけは「青柳雅春」と再会はしません。ここも本作の秀逸な点であり、また伏線になってい るかと思います。

その他にも学生時代のバイト先の轟社長、大学卒業後就職した運送会社の岩崎先輩や、同業者であった前園さんなど、「青柳雅春」の本来の姿を知る様 々な人々が彼の逃亡に力を貸し、さらには定年間近で閑職に追いやられていた警察官の児島安雄さんまでが、青柳雅春と接してるうちに彼をサポートするように なります。

また「青柳雅春」にとって敵役としてあてがわれている警察庁の佐々木一太郎課長補佐(ということはノンキャリ?)や、近藤守刑事などにも、所謂「黒幕」から様々な圧力がかかっていたのだろうなと思われ、憎々しい思いを抱くこともそれほどありませんでした。

青柳雅春は自分の現状に対し「誰かの、どこかの誰かの思惑でこんなことが起きている」・・・関係のない人や自分の知り合いに危害が加えられ、死んでいく、と憤ります。
それに対しある人物は「青柳さんが相手にしているのは、馬鹿でかい抽象的な敵だよ。たぶん、国家とか権力とか呼べちゃうようなさ」と述べ、それに対峙したときに一番利口な方法は「逃げること、かな」とアドバイスします。

青柳雅春もそのことは重々承知していた上で、逃げる前に一世一代の賭けに出るのですが・・・。

その先にどのような結末が待っているかは、エピローグとなっている第五部の「事件から三ヶ月後」で。
繰り返しになりますが、数々の伏線が美しくまとまっています。
私にとっては号泣はしないものの、登場人物たちのように知らず知らず泣いていたというシーンが何度もある青春エンターテインメント作品でした。
東野圭吾さんの最新作『流星の絆』の帯文の「息もつかせぬ展開、張り巡らせた伏線、驚きの真相、涙が止まらないラスト。すべての東野(伊坂)作品を超えた現代エンタメの最高峰」という言葉がより似合うのは、こっちのような気もしました^^
「彼らが仕掛けた復讐計画の最大の誤算は、妹の恋心だった」も、「彼らが仕掛けた暗殺計画の最大の誤算は、青柳雅春を繋ぐ絆だった」という感じに。

Book000

なお、ビートルズの『ゴールデン・スランバー』がどのようにして作られるに至ったかを考えながら読むと、読了後の余韻もまた心地よいものになるかと思います。
それから相変わらず伊坂作品の主人公は清潔漢ですね(^-^)



伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

ちなみに余談で、ほんとーにどうでもいいことですが、第三部を書いているノンフィクションライターは、第二部に登場している名無しの中学生かとも思いましたが・・・真相は闇の中、ですかね^^;

ゴールデンスランバー Book ゴールデンスランバー

著者:伊坂 幸太郎
販売元:新潮社
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『そして誰もいなくなった』感想:そしてここから始まった。

今回はアガサ・クリスティの作品の中で・・・というよりも、古今東西のミステリにおける最高傑作の1つに数えられる『そして誰もいなくなった』の感想です。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

です。

孤島というクローズド・サークル。お互いに面識のない招待客。意味深なマザー・グースの歌。次々に殺されていく登場人物。それに合わせるように減っていくインディアン人形。そしてとうとう誰もいなくなってしまった結末・・・。
来年で刊行から70周年を迎える本作は、21世紀の現代において今なお色あせない輝きを放っており、その後のミステリに多大な影響を与えました。

本作の特徴は、エルキュール・ポアロやミス・マープルのような「探偵役」、あるいは「進行役」になる人物が存在しないことでしょう。
クローズド・サークルと化した島で、お互いに面識のない登場人物が、過去の「罪」を告発されながら、一人また一人と死んでいく・・・殺されていく様が、緊張感溢れるサスペンス・タッチで描かれています。
マザー・グースの歌になぞらえられた死に方・・・殺され方も様々であり、次第に焦燥しきっていく生存者たちに並行して、読者には緊張感と犯人を推理していく楽しみが与えられます。

果たして犯人は誰なのか?

そして動機は何なのか?

それらが最終盤で明らかになった時、満足するか、驚嘆するか、予想通りと思うかは読者次第だと思います。
ちなみに私は十分に満足させて頂きました。

本作がミステリの新たな地平を開拓したことに敬意を表して。


アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Book そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

著者:アガサ クリスティー
販売元:早川書房
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『ねじれた家』感想:ねじれてる家。ねじれられない家。

今回はアガサ・クリスティ作の『ねじれた家』の感想です。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆(7/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

です。

たとえアガサ・クリスティの作品を読んだことが無くとも、また彼女が作家であることを知らなくとも、その名を聞いたことがない、という方は少ないのではないでしょうか?
「ミステリの女王」と呼ばれたアガサ・クリスティは、多くの作品を私たちに遺してくれました。
『そして誰もいなくなった』『オリエント急行の殺人』『ABC殺人事件』に『アクロイド殺し』etc...
また、そうした作品群の中で、エルキュール・ポアロにミス・マープルといった名探偵たちも生み出しました。

そんなアガサ・クリスティが、雑誌のインタビュー等で自らの作品を格付けした際に、常に上位に挙げていたのが、この『ねじれた家』だったそうです。
私はポワロや『そして誰もいなくなった』などを耳にしたことはあっても、『ねじれた家』という作品については、3年前に本を読み始めるようになるまで全く知りませんでした。

しかしたまたま上記のような事実を知り、古本屋で本書を見つけた私は、「ミステリの女王」が自薦する作品を読んでみようとレジに向かったのでした。

本作は、大金を掛けて建築され、確かに豪華ではあるもののまったく釣り合いを無視して奇妙にふくれあがってしまった「ねじれた家」に住む「心のねじれた老人=一代にして巨財を成したアリスタイド・レオニデス」が毒殺されたことから物語が動き出します。
その老人の孫娘・・・ソフィア・レオニデスと恋仲であった外交官のチャールズ・ヘイワードは、父がスコットランドヤードの副総監であることもあって、タヴァナー主任警部とともに事件解決のため「ねじれた家」に乗り込むのですが・・・

「ねじれた家」には一癖も二癖もある3家族・・・「老レオニデス一家」「老レオニデスの長男であるロジャー一家」「老レオニデスの次男であるフィリップ一家」が住んでおり、さらにそこに、老レオニデスの義姉、老レオニデスの孫らの家庭教師、それに使用人や弁護士などが絡んで、複雑な人間関係が形成されていたのです。
そして彼らはこの「ねじれた家」の中で、お互いに愛し、憎み、嫉妬し、疑い、依存しながら、ねじれた生活を送っていたのでした・・・ちょうど亡くなった老レオニデスがそうであったように。

さて本作のポイントですが、それは主人公であるチャールズが、ポアロのような「名探偵」では無いことです。
彼はヤードの副総監である父の助言通り、『ねじれた家』に住む一族らに様々な質問を投げかけ、主として聞き役に回りながら様々な情報を引き出していきます。
そのため本作では、会話の部分がとても多くなっており、そうした中からチャールズと似たような立場で読者が犯人像を推理をするような形式になっています。
また、この作品でも『そして誰もいなくなった』と同様、以下のようなマザー・グースの唄が取り入れられています。

ねじれた男がいて、ねじれた道を歩いていった
ねじれた垣根で、ねじれた銀貨を拾った
男はねじれた鼠をつかまえるねじれた猫を持っていた
そしてみんな一緒にちいさなねじれた家に住んでいたよ

この作品については、そのクライマックス・・・犯人が分かる場面で、私は戦慄を覚えました。
ラストはチャールズの父の言葉で終わるのですが、まさにその通りの読後感となりました・・・。

ちなみに現在ではレオニデス一族のようにねじれて絡まってしまった家というのは珍しくないかもしれませんね。
同時に、ねじれることすら出来ない、平行線を辿ったままの家も少なくないような気がします・・・。


アガサ・クリスティ『ねじれた家』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆(7/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

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著者:アガサ・クリスティー
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『笑わない数学者』感想:神のトリック、凡人の知恵、そして真賀田四季の影(ネタバレあり)

チョコ(GABA)とコーヒーで足りない頭を働かせながら森博嗣さんの『笑わない数学者』をなんとか読了しました。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

です。ちょっと甘いかもです。以下ネタバレ分を含みますので未読の方はご注意を。


『笑わない数学者』はS&Mシリーズ第3作であり(書かれた順では『冷たい密室と博士たち』に次ぐ第2作)、同時に私にとっても第3作目となる森博嗣作品でもありました。
前作となる『冷たい密室と博士たち』と『すべてがFになる』は、森博嗣さんの作品世界に入門するような気持ちでスススーと読んでいったのですが、2作を読んで大分慣れた(つもりだった)ので、本作は精読しようと決めました。
というのも裏表紙の粗筋によれば、本作はなんと本格ミステリの王道たる「館もの」の模様!
これは犯人とトリックを是が非でも当てなければ!と息巻いて読み始めたのですが・・・

中表紙裏の館の見取り図を見て(前作の「極地研」の見取り図にはなかった方角表記がトリックの大きなヒントになってたり)「えーと、これはもしや・・・」と思ったらまさにその通りのトリック・・・。
そしてそのトリックから必然的に導き出される犯人。
序盤も序盤、第3章までには、多くの読者が殺人事件のトリックも、それを行った犯人も想像がつくでしょう。
意地が悪く、すぐに調子に乗ってしまう私からすれば、Who done it(フーダニット)とHow done it(ハウダニット)が分かった時点で有頂天になり、どうせ動機=Why done it(ホワイダニット)もありきたりのものだろう「ツマンネ」と言って本書を放り出してしまいそうなものですが、その意地の悪さが幸いしました。

意地の悪い私は、この殺人トリックは読者をミスリードさせるものではないかと思うに至ったのです。そうして、最後はどうなるのかとドキドキしながら読んだのですが・・・犀川助教授も西之園萌絵も、そもそもその殺人トリックになかなか気付いてくれずストーリーは終盤へ。

そして終了。

確かに終了したのですが、読了後に残ったのものは、私にとって殺人トリックよりも興味深い謎でした。
思わずアガサ・クリスティ女史の『ねじれた家』を思い起こさせるような、天才数学者・天王寺翔蔵博士を中心にした不思議な一家、いや一族。

果たして天王寺翔蔵博士とは何者?
ラストの白髪の老人は何者?
白骨死体は一体何者のもの?

これらの疑問がグルグルと足りてない私の脳みその中で渦を作り、知的好奇心を刺激したのです。

「もう一度読んでみよう」
そう思った自分は、付箋紙を取り出しました。

Mori000


最近、薬の副作用で健忘が激しい私は、神のトリックに凡人の知恵を以て挑んでみたのです。
三ツ星館が内宇宙と外宇宙を反転させてるとしても、私を含め読者はさらにその外側にいる。
そして私のような凡人でも、付箋紙を元にページをめくり直せば、正確な情報を得ることができます。
ですが、現実ではこうはいきません。
昨日の出来事を正確に反芻出来る人が現実にどれだけいるでしょうか?
事実、作品内の犀川助教授は記憶の中から問題の糸口を掴むのに苦労しました。
しかし作品世界のさらに外にいる私は、付箋紙の貼られたページをめくり直しさえすれば、正確な情報を得ることが出来るのです。

まず最も気になった点は、『笑わない数学者』というタイトルです。
『すべてがFになる』と『冷たい密室と博士たち』で、タイトルからトリックやストーリーを推察するというちょっとしたズルをした私は、ここでも同じ手段を取りました。
犀川助教授が終盤で言うように、白骨死体となった人と、地下室の老人と、さらにどこかにいる(であろう)老人が、天王寺翔蔵博士と、天王寺宗太郎、片山基生なのだとすると、「笑わない数学者」は白骨死体のみ。つまり白骨死体こそ天王寺翔蔵博士である可能性が高い。
彼は『睡余の思慕』のように、三ツ星館から出て行ったのではないかと推測されます。
では地下室にいる老人と、ラストシーンに出てくる老人は誰でしょう?
ラストシーンの老人に関しては、あまりに情報が少ないので、私は地下室の老人から考えてみることにしました。

地下室の老人は「天才数学者」ということになっていますが、私にはあまりそういう感じがしませんでした。
それは私が真賀田四季博士という天才に巡り会っていたからかもしれません。
事実、犀川助教授は地下室の老人との対面後、失望したと述べています。
また、解説で森毅さんは地下室の老人は「少しも偏屈でない」と述べてますが、私のような文系凡人からすると、ものすごい理屈っぽい偏屈な人に感じられました。
そして理屈っぽいと言えば天王寺宗太郎ではなく、片山基生でしょう。
何せ息子が「理屈っぽかった」と評しています。

また、萩原刑事が探してきた写真では基生氏が「仙人のような長髪になった」となっています。
さらにもしかすると『睡余の思慕』も、その作風が以前の著作とまるっきり違うことから、天王寺宗太郎ではなく、片山基生が書いたのかもしれません。
宗太郎が亮子や君枝から愛され、昇から思慕されていたのと対照的に、基生は誰からも愛されなかった・・・飛行機事故で一人生き残ってしまった人物のように、孤独感を感じていたのかもしれません・・・。
そしてその作品の原稿のコピーを「ぞっこん」であった亮子に送ったのでは・・・などと考えてしまいました。

他にも、癌治療を思わせる、一日一食にしてる件だとか、犀川助教授との問答で、定義の違いではなく犀川助教授に対して「若いからだ」と言ったあと「私はもう何年も生きられない」などとも述べていることだとか・・・。
それから、三ツ星館を建築したのは基生さんですし・・・結果的に(社会的、或いは世間的という意味も含め)生き残ったのが片山家の3人と湯川さんですし(これは弱い要素かも)・・・。

まあ、そういった様々な条件から、こじつけですが、地下室の老人=片山基生、故にラストシーンの老人=天王寺宗太郎と私は「定義」しました。

正解がどうかとかは、全く分かりませんが。



森博嗣『笑わない数学者』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

満足度は知的好奇心を刺激してくれたので。
オススメ度は、読んでもらった皆さんの意見を聞きたいから、ということで。


笑わない数学者―MATHEMATICAL GOODBYE (講談社文庫) Book 笑わない数学者―MATHEMATICAL GOODBYE (講談社文庫)

著者:森 博嗣
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『チルドレン』感想:主役は助演男優

祝!本屋大賞受賞の伊坂幸太郎さんの作品としては自分にとって第4作目になる『チルドレン』を読了致しました。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆★(8.5/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆★(7.5/10☆)

です。以下ネタバレ分を多少含みますので未読の方はご注意を。


本作は、いわゆるミステリにおける「日常の謎」を扱った短編集です。
「バンク」「チルドレン」「レトリーバー」「チルドレンⅡ」「イン」の5つの短編が収められており、それぞれの話は時間軸が前後しているものの相互に関連しながら繋がっていて、1つの長編とも言える物語を構成しています。
そのように本作を長編と為らしめてる男が「陣内」です。
それぞれの話では一人称で語る「主人公」が違いますが、どの話にも必ず一人の助演男優・・・「陣内」が出てくるのです。

本作はこの陣内が「主役」です。「主役」だと思います。

「常識」という枠から逸れ、まるでトラブルメーカーのように振る舞いながらも、不思議と憎めない男・・・「陣内」は、ある時は「日常の謎」を生み出し、またある時は「日常の謎」を解決する鍵となります。
ですが彼は、決して一人称で語る「主人公」とはなりません。
そこにこの作品の妙味があります。
「陣内」が生み出す不思議な日常を、それぞれの話の「主人公」たちと「読者」である私たちが味わうのです。

300ページ強(文庫版)に収められた物語は、字も大きい上に、伊坂作品の特徴である温かいユーモアやセンスたっぷりの会話とやり取りで満たされています。
ですので、伊坂節が合わない!という方以外でしたら、本作の世界観に後押しされて、あっという間に読了となるかと思います。

伊坂作品の入門書にもいいかもしれませんが、やはり読まれるならデビュー作から順に、ということがいいかと(その理由はデビュー作から読んでいけば分かると思います^^)。
満足度がやや低いのは、自分が大どんでん返しが好きなのと、些か期待しすぎたために、他の長編伊坂作品に比べてちょっと物足りなさを感じたからです(この理由は米澤穂信さんの『愚者のエンドロール』などと同じです)。
ただ、後からジワジワと心地よい清涼感が体中に染み渡っていくような作品でもありました。
こうした読後感の良さは、伊坂作品の特徴の1つですね。


伊坂幸太郎『チルドレン』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆★(8.5/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆★(7.5/10☆)

チルドレン (講談社文庫 (い111-1)) Book チルドレン (講談社文庫 (い111-1))

著者:伊坂 幸太郎
販売元:講談社
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