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2012年11月18日 - 2012年11月24日

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』感想&ちょい解説:それは、おそろしくエンターテインメントな(ネタバレあり)

もう日にちが経ってしまいまあしたが、『エヴァQ』をバルト9世界最速イベントにて見てきました。

Eva9

久しぶりの記事の今回は、そんな『エヴァQ』の感想です。

ネタバレあるので、そういうのが嫌な人は見ちゃダメよ。

それにものすごく長く書いちゃったんで、そういうのが嫌な人も見ない方がいいよ!

さて、おそらくほとんどの人がそうであったように、上映開始後からずっと「どうなってるの?」という気持ちが頭の中でぐるぐる。
けれど旧作からのファンの僕には個人的にグッと来るシーンも盛りだくさん、なので上映終了直後も作品への印象は悪いものではなかったのですが、絶賛拍手、大拍手という気持ちでもありませんでした。
とにかくよく整理できなくて。

そしてそして、2回目の鑑賞。
そこで『Q』は、僕にとってめちゃくちゃ面白いエンターテインメント作品に映りました。
うん、エンターテインメント!


■エヴァは「繰り返しの物語」

さて、そんな『Q』ですが、その前にまずエヴァとはどんな話なんでしょうか。
これには総監督庵野秀明氏が新劇場版シリーズの制作にあたって発表した所信表明文の中に以下のような言葉があります。

「『エヴァ』は繰り返しの物語です。主人公が何度も同じ目に遭いながら、ひたすら立ち上がっていく話です。わずかでも前に進もうとする、意思の話です。」

この繰り返しという言葉は、旧作ブーム時(1996年~97年)のスタッフインタビューにも出てきていたキーワードです。
そして、『Q』も、まさしく繰り返しの物語でした。

破のラストでシンジくんは「僕がどうなってもいい。世界がどうなってもいい。でも、綾波だけは絶対助けるッ!」とかっこいい台詞を吐いて、ゼルエルに取り込まれた綾波を救出しました。
破を公開初日に見た僕は、このシーンにおおすごいなぁと思いつつも、「世界がどうなってもいいのかよ!」と心の中でツッコミを入れ(もちろんここの「どうなってもいい」ってのは「死んでも助ける」とか言う場合の「死んでも」と同様なことは承知しておりますが)、こういうのに乗り切れず冷めちゃう人も多いんじゃないかなー・・・とエヴァオタの一人として心配もしましたが、それも杞憂に。
破のシンジくんは公開直後から大好評で受け入れられ興収もうなぎ登り。
「シンジくんかっこいい!」「シンジ成長したなぁ」という声が次々に上がり、果てには「シンジさん」という存在(ネタ)まで生みだして、海外オタが選ぶ嫌いなアニメの主人公ランキングでも常に上位にランクインしていた旧作シンジくんは、破のシンジさんによってその鬱々としたイメージを返上することに成功しました。


■あれ?シンジさんはどこに?

そんな新劇シンジくんですが、『Q』の中では、まるで旧作のシンジくんが帰ってきたかのようなダメっぷりとの感想も多いです。
「旧劇のシンジが帰ってきた」とか、「まるで別人じゃねーか!」「破のあの勇ましさはどこにいったんだよ!」と、怒りや不満の声もよく聞かれますが、
シンジくんは破からQで、さらに言うなら旧作からも、特段何も変わってないのです。

旧作シンジくんというと、真っ暗な部屋でパイプ椅子に座って項垂れていたり、アスカが奮戦中なのにベークライトで固められた初号機の前で膝を抱えていたり、寝ているアスカに助けを求めながら、はだけたおっぱいを見てオナニーしちゃったり、「いやだ、死にたい。何もしたくない」なんて言ったりするイメージから、ダメで鬱々なキャラとして印象が強いと思いますが、人間関係が壊れていくことで自身も壊れていくことになる終盤・・・それよりも前のシンジくんは、悩みを多く抱えながらも、ふつーに明るい面や、調子乗りな面もあったりする中学生の男の子でした。
アスカにちゅーしようとするしね!

で、新劇ではシンジくんが変わった、別人のようになったという感想もありましたが、スタッフやシンジ役の声優・緒方恵美さんの言葉にあるように、シンジくん自体は旧作の頃からずっとシンジくんのままです。
別人になったのではなく、彼を取り巻く環境が変わっただけなのです。

そして、これは今回の『Q』にも当てはまります。
『Q』でシンジくんがやったことは、破でシンジさんと呼ばれたシンジくんがやったことと同じなのですから。
そう、まさしく繰り返しの物語。


Qでシンジくんは何をしたか

『Q』でのシンジくんは、カヲルくんとともにロンギヌス・カシウスの槍で世界を作り直そうとします。
サードインパクトで世界がどうにかなってしまって、ミサトさんやアスカはやけに冷たい上に攻撃してくるし、トウジやケンスケや委員長は、死んでしまってるのかもしれない・・・。

そして助けたと思ってた綾波も助けられてなかった・・・そんな嫌な世界から抜け出して、元の世界に戻りたい、創り直したいと願ったシンジくんは、その「願い」のまま、感情の赴くまま、カヲルくんの制止も聞かず、行動します。

これは「綾波を助けたい」という「願い」のままに行動した『破』でのラストシーン、
綾波救出シーンとやってることは一緒です。繰り返しです

槍を抜くカットのQシンジくんと、コアの奥底に沈んだ綾波を引き上げる・・・引き抜くカットでの破シンジくんは、繰り返されたかのように同じような勇ましい姿で描かれています。
一度エヴァに「乗りたくない」と言った後に、自分の意志で「乗る」と決めるのも一緒で、
回りに、「お前はもうエヴァには乗らんでいいよ」と言う人がいるのもやはり一緒ですよね。
そして、どっちもゲンドウの計画通りにシンジが動かされているというとこも一緒です。繰り返しです。

しかし、繰り返しであっても、僕たち観客の印象は、かなり違います。
破が多くの人の拍手喝采を呼び、カタルシスを生んだのに対し、今回Qのシーンは、シンジくんに対する苛立ちや不満を抱いたという感想をよく目にします。
ほんとにシンジはアホだ。ダメだ、ダメシンジに戻った、シンジ株大暴落、と。
同じように願い、行動したが結果が違った。
気持ちいい(ように見えた)結果と、悪い結果。
けれど単に結果の違いだけならば、シンジくんをダメダメだと言う人は、今ほど多く現れなかったと思います。
シンジくんに同情する声が今より多くなって、ダメシンジという感想は埋もれることになったでしょう。
しかし、シンジくんを責める声は、僕が思っている以上に多いです。
どうしてでしょう?



■観客は、知っている。

今回の『Q』は、『序』『破』のように、旧作を変えながらも大枠としては同じ、というものから大きく変化し、20年近くエヴァオタを続け、知識やうんちくを積み込んでいた者でも、鑑賞中に、画面で巻き起こってることをすんなり一発で理解したり、どう展開していくかを正確に予想することは難しかったでしょう。
新劇からのファンとかなら尚更だと思います。

ただ、そんな新劇からのファンで、旧作を一切見たことがない人でも、頭の整理が追いつかなかったであろう初見の鑑賞中に、この後どうなるかがまず予測できたであろうという場面がありました。

それが繰り返しの象徴である、Qでの槍を抜くシーンです。

ここでは、初見であっても、ほとんどすべての観客が、いわゆる「悪い予感」しか感じなかったはずです。

シンジにとって、いい方に転ぶか、悪い方に転ぶか分からない、とかではなく、いわゆる「悪いこと」「いやなこと」が起きると、もう分かりやすいほどに分かります。観客は分かります、知っています。

仮に、旧作はおろか、序破を見たことが無い人がこの場面を見ても、シンジにとって悪いこと、いやなことが起きることは、ほとんどの人が感じるはずです。
物語の定型、「お約束」ですから。

悪い予感しかしないのに、槍を引き抜いて「やっちまった」もんだから、そんなシンジくんにストレスを感じる観客が生まれます。「ああ、ダメシンジ」と。
対照的に、破のクライマックスは「翼をください」という曲とともに、シンジくんが綾波を救うことが、観客に強く示唆されます。
その結果、一方はシンジさんになり、一方はダメシンジと言われる。
やってることは同じで、物語の中にいるシンジくんは願いを追求した結果、破の時もQの時もどうなるか、結果は知らない。知らされてない。分からない。
けれど物語の外にいる観客の僕たちは、知っている。分かる。
だから苛立つ。ストレスがたまる人がでる。


■そんな僕もあなたもWille(ヴィレ)メンバー?

この苛立ちってWilleメンバーのシンジに対する態度とちょっと似てるかもしれません。
物語の定型として「知っている」観客、14年間の物語を「知っている」ヴィレと、それらを「知らない」シンジくん。
そしてシンジくんに冷たくあたりながらも憎みきれてない人がいれば・・・それはきっとミサトさんと同じですね。
シンジくんは同じことをやったんだけど、『破』の綾波救出シーンに拍手して、行きなさいと言って、
繰り返しの『Q』の槍抜きではストレスを感じて、阻止しようとして。

■それでもシンジくんは前に進む

シンジくんは今回も(と、言っても、破の綾波はロストしておらず、それがシンジくんにとって「希望」となるのでしょうが)願いと裏腹な結果を招きました。
前回のサードインパクトからの大災厄は、シンジくんが凍結されていた14年の間に起きたことで、彼に実感が無いのに対して、
今回のは目の前でカヲルくんを失い、しっかりと「知って」しまいました。
知らなかったことを口実に逃避することは、もう出来ません。
それは14歳の少年にはあまりにも酷なことですが、それでもシンジくんはラストシーンで荒廃した赤い大地を歩いて行きます。
アスカに手を引かれ、黒波ともともに。
その足取りは、『EOE(=The End of Evangelion 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを、君に)』でミサトさんに手を引かれていた時よりも、ずっとしっかりしているように見えます。



■『EOE』が戻ってきた?


さて、『EOE』と言えば、今回、「『EOE』が戻ってきた」というような感想も散見されます。
確かに上述のようなストレス、また、初見では理解が難しいぶっとんだ展開、さらには、絵的に『序』『破』よりずっとグロいシーンもありますから、それらからの連想で、『EOE』の再来のように語っているのかもしれませんが、『Q』は、『EOE』とは全然違うと思います。

確かに僕も、初見で『EOE』のことが頭に浮かびました。
でも、それは、97年に劇場で友人と体験した「いったいなにがどうなってんの?」というこちら側の戸惑いという意味で。
ですが、『EOE』と違って、『Q』の中身自体は、僕はほんっとにおそろしく気持ちよく見れたのです。


■狂気無きエンタメエヴァンゲリオン!

東浩紀さんが今回『Q』を見て、つまらないし退屈だったとの感想を、twitterで呟かれてました。
これは僕の感想と真逆なのですが、東さんと同意見の箇所があります。

東さんは自らを旧エヴァ原理主義者とし、その自分の好きな旧エヴァにはスタッフの狂気を感じたそうです。
今回の『Q』では、「ああ、昔のエヴァンゲリオンが戻ってきた!」「EOEだ」「EOEっぽい!」という感想もまたちらちらと散見されると書きましたが、うん、これは東さんの言うとおり、『Q』には『EOE』のような狂気は無いと思います。
むしろ『Q』はすんごくエンタメです。

『EOE』って、「あー、こいつほんとに刺しちゃうかもなー・・・」みたいなもの・・・狂気・・・ヤバさがあって、もし今回のようにエヴァ同士が戦う場面があったら、マジで相手を殺しちゃうかもしれない緊張感を感じたと思います。

でも、『Q』はそこまで感じるようになってないです。

『Q』のあのセントラルドグマのシーン、やっぱりすごく緊張するんです。緊張します。
でも、先に述べたように、この場面には「悪い予感」という「知っていることの安心」が観客にあって、リミッターが仕掛けられてるんですね。

ほんと緊張します。でも、それを無茶に突き抜けさせず、あくまでエンタメ作品としての緊張感として制御されてるよう思います。
『EOE』とはそこが全然違う。

だから、シンジ&カヲル+アヤナミレイ(黒波)組 対、アスカ+マリ組の戦闘でも、アスカは言葉こそきっついですけど、彼女にも当然狂気なんてものはなくて、むしろ、すごい正気で、そして何より、すごい一生懸命で。
量産型エヴァと戦ってたときの狂気に背中を押されている感じが全くない。
ほんと言葉だけはきついけど、シンジくんに対する想いをめちゃくちゃ感じます。
そんなアスカを「分かってる」マリも、彼女をきっちり援護射撃!

足蹴にしたりしてますけど、ラストシーンなんて、なにあれ、もう、じゃれあいじゃん!

それに黒波、彼女、『Q』がほんとに『EOE』っぽいんだったら、間違いなく死んでます。殺されるキャラです。
あるいは殺されなくても、死んでます。きっと、自爆して。
でもアスカもマリもそうしなかった。黒波もアスカに「あんたはどうしたいのよ!」と言われ、自爆しなかった。庵野さんたちはそういう構成にはしなかった。
旧作ではあんなに限られていた「ありがとう」の言葉を、綾波は『破』でアスカとマリにしっかり言ってるんですよね。
黒波は綾波(ポカ波)じゃないけれど、ポカ波が積み重ねてきたものによって、彼女はアスカとシンジについていくことも許されているのです。

『EOE』の三人だったら、あんなにも自然に三人ともが同じ方向に歩む姿を、僕は想像が出来ません。
あの「気持ち悪い(後味悪いけどハッピーエンドだと思ってます)」から15年経って、あの時とは明らかに違う彼らに、僕はじーんとしちゃうのです。
『Q』のラストシーン、ものすごく前向きで、希望を感じますから。

うん、エンタメです、エンタメしてます、『Q』は。
『EOE』と同じようなことをしようとしてるんじゃなくて、『EOE』と全然違うことをしようとしてるんですよね、きっと、これ。



■シンジくんは何を望み、庵野さんたちは何を作るか

かくして希望のシーンで『Q』は終わります。
そして次作、シンジくんは何を願い、何を選択するのでしょうか?
『EOE』でシンジくんは、全人類がLCLへと還元された後に「いつかは裏切られるんだ。僕を見捨てるんだ。でも僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは本当だと思うから」と、再び人としてのかたちを取り戻す選択をしました。

しかしあの時と違い、新劇のサードインパクト後の世界には、大災厄が起きてもそこで生きようという意志を持った人々がいます。
それらを含めてすべて創り直す、リセットするようなことがハッピーエンドに繋がることなのかどうか・・・。
庵野さんの師匠にあたる宮崎駿監督は、原作版ナウシカで、世界を創り変えることよりも、腐海のほとりで滅びとともに生きていくことを決断するナウシカを描きましたが・・・。

ともあれ、庵野さんたちが、何を作ろうとしてるのか、それは、豪華版劇場パンフレットにある大塚さんのインタビューの最後の段に答えがあるのかもしれませんね。

シン・エヴァ、いやが上にも期待が高まります!


■そして僕は年をとった。

10代の時に出会ったエヴァ。
あの日の僕は、あれから17年後に、あの時以来の、(あるいはあの時以上の?)ブームがくるなんて、正直夢にも思いませんでした。
そして、17年前にはきっと何とも思わなかったんだろうなぁと思う言葉にひっかかる自分に、ああ、僕はほんとに年を取ったんだなぁと、同じく年を取った友人と一緒に劇場を出ながら笑いあうのでした。

「ファイナルインパクトはないよねw」と。

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