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『星を追う子ども』についての、さらなる感想(ネタバレ無し)

大ファンである新海誠さんの最新作『星を追う子ども』を、公開初日に見に行き、感想をアップしましたが、もやもやとした気持ちを抱えたままでしたので、もう一回見て、自分の気持ちを整理してみようと思い、再度踏み込んだ感想を書いて見ました。


過去の作品と違い、良かったところよりも、(好きだからこそ)やはり残念なところが目につく印象でした。

過去の作品では個人制作出身ということで稚拙だと批判されることもある新海さんの特徴(個人的には好き)が、演出、作劇の上でむしろ効果的に機能していましたが、今作ではそれらがあらゆる意味で中途半端な効果を与えてしまっているように思います。

説明・描写不足であることも、単調で淡々としたモノローグや台詞も、動きが少なく一枚絵が多いことも、過去作ではテーマとも合い、演出として十二分に機能していたと思います。

また、過去作は、舞台が近未来やパラレルワールドであっても、ほとんど現実に近い設定であったので、たとえ説明・描写不足であっても、現実世界に生きている僕たち観客の想像力と「常識」が、描かれていることと、描かれていないことを補完する作用が上手く機能して、作品世界をより魅力的なものにしていました。

 

しかし、今作ではそれらのバランスが非常に悪くなってしまっているように感じます。

モノローグは減ったものの、単調な台詞回しは相変わらずなため、会話と会話の「間」の振れ幅が小さく、どこか一本調子で、緊張と緩和を有するべき旅の物語の展開を、平準化させてしまってるように感じました。
『秒速
5センチメートル』では淡々としたテンポの言葉は、むしろ演出上プラスになっていましたが、本作ではそうはなっていません。

 

また、現実に近い舞台では機能していた観客の想像力と常識による補完作用も、まったくの異世界アガルタでは、その効果を減じます。

アガルタの説明・描写が不足していることは、そこに生きるシンら登場人物の動機や心情の説得力を弱め、魅力をも削いでしまいます。
彼らの背景をきちんと踏み込んで描いていれば、シンらアガルタの人々の魅力は数倍に増したことでしょう。

全般的に登場人物たちの動機と行動の必然性が上手く描けていないので、彼らの人間としての魅力と説得力が弱まり、文字通りフィクション上の薄っぺらいキャラクターになってしまっている感があります。

過去作では、主体性の弱さ、積極性のなさ故に魅力を放ち、物語を紡いだキャラクターたちでしたが、今作のように異世界の深淵にまで命を賭して行くのに、動機や目的、主体性に説得力が弱ければ、作り物の話がより作り物っぽくなってしまい、よくある失敗作のように、「どこかの誰かさんのどうでもいい物語」を見せられている状況に近づいてしまいます。

 

次に、美術ですが、これはまさに新海作品というべき美麗なものであるものの、過去作ではさりげなく描写されていたものが、今作ではどや顔然として主張してしまっている点も残念でした。

おそらくこれは、個人制作から出発した新海さんが、徐々に力量のあるすばらしいスタッフが集ったことで、「今まで描きたくても描けなかったこと」が、本作では「描けるようになった」が故に、そうしたものを必要以上に詰め込んでしまった結果ではないか・・・と思うのです。

そのため、肝心の物語の根幹たる部分が(過去作と同程度に)描写不足なのに、枝葉たる装飾品が(過去作を大きく凌駕するほど)非常に多いというアンバランスさを生じさせています。

何度も言うように、過去作は現実に近い舞台であるため、現実世界に生きる人ならほぼ誰しもの心象風景にある、学校、路地、雑踏にビルなどの町並みや、山河に木々などの自然、乗り物や小物などを、現実から切り取ったのかごとく緻密に描くことで、物語における説得力の強度を増すことに成功していました。

 

しかし本作では、未知の異世界アガルタの根っこや幹が描かれていないので、枝葉をいくら書き込んで詰め込んでも、良くできた綺麗な作り物に感心する以上の効果を生んでいません。

また、詰め込みすぎたことで、場面転換もどこか急ぎ足で、観客を余韻に浸らせるような間も、過去作に比べ圧倒的に少ないです。

過去作では控えめだった音楽も、今作では、「はい、ここ、感動のシーンです」と、向こうから主張してしまってるかのように感じる場面がいくつかあり、個人的に少々気になりました。

 

尚、ジブリ(宮崎駿)へのオマージュ(パクリではない)は、客層の間口を若干広めたこと以上に、新海さんの優れた持ち味を、曖昧なものに薄めてしまったように思います。

ただ、本作は、このジブリっぽいという見た目のインパクトがあまりにも強烈(僕自身も初見では、スクリーンを見ながら、目の前の物語よりも宮崎駿作品の「巧さ」を再認識して感心してしまった次第)なので、その点が議論となることも多いようですが、ジブリ云々をまったく抜きにしても、作品として傑作と言い難い評価であることは、個人的に変わらないと思います。

さらに言えば、新海さんの作風が変わったので、過去作のファンが否定的になっているのではないか?・・・というのもおそらく間違っているでしょう。

新海さんは、変わっていないのです。


キャラクターや舞台に関して説明・描写不足であることや、比較的淡々とした台詞回し、積極性や主体性に乏しい主人公、有名作品などからのオマージュなど、新海さんは大きく変わっていません。

ただ、過去作では作劇の中で上手く機能したそれらが、今作では物語に対して齟齬を来たし、さらに大ぶりな枝葉が、幹を覆い隠してしまって作品のバランスを崩し、ちぐはぐなものになってしまったのだと思います。
描こうとしたものがとても魅力的であったが故に、非常に残念です。

 

・・・と、またも長々となってしまいましたが、大好きな、そして貴重なオリジナル作品を制作する監督ということで、生意気にも書かせて頂きました。
書きたくなるほどに気になって、何かを作り出してくれるという期待があるんですよね、新海さんには。
だから・・・うん、やっぱり、なんだかんだ言いつつも、それでも、それでも僕は、新海さんの作品を、きっと明日も明後日もその先も、やっぱりどうしようもなく待ち望むんだと思います。

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コメント

感想拝見しました。正に私が感じたことを的確に、論理的に表現されており自分の中の違和感が明確になりすっきりした気持ちになりました。

なにより根底にある新海監督への期待や好意にとても共感しました。作品は良い評価がつけられなくても、私の中の監督への評価は変わらず高いままです。自分でも驚きですが笑

新海監督の新作までまた何年でも待ちましょう。

投稿: Junior | 2011年5月16日 (月) 23時32分

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