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2008年4月13日 - 2008年4月19日

『そして誰もいなくなった』感想:そしてここから始まった。

今回はアガサ・クリスティの作品の中で・・・というよりも、古今東西のミステリにおける最高傑作の1つに数えられる『そして誰もいなくなった』の感想です。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

です。

孤島というクローズド・サークル。お互いに面識のない招待客。意味深なマザー・グースの歌。次々に殺されていく登場人物。それに合わせるように減っていくインディアン人形。そしてとうとう誰もいなくなってしまった結末・・・。
来年で刊行から70周年を迎える本作は、21世紀の現代において今なお色あせない輝きを放っており、その後のミステリに多大な影響を与えました。

本作の特徴は、エルキュール・ポアロやミス・マープルのような「探偵役」、あるいは「進行役」になる人物が存在しないことでしょう。
クローズド・サークルと化した島で、お互いに面識のない登場人物が、過去の「罪」を告発されながら、一人また一人と死んでいく・・・殺されていく様が、緊張感溢れるサスペンス・タッチで描かれています。
マザー・グースの歌になぞらえられた死に方・・・殺され方も様々であり、次第に焦燥しきっていく生存者たちに並行して、読者には緊張感と犯人を推理していく楽しみが与えられます。

果たして犯人は誰なのか?

そして動機は何なのか?

それらが最終盤で明らかになった時、満足するか、驚嘆するか、予想通りと思うかは読者次第だと思います。
ちなみに私は十分に満足させて頂きました。

本作がミステリの新たな地平を開拓したことに敬意を表して。


アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) Book そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

著者:アガサ クリスティー
販売元:早川書房
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『ねじれた家』感想:ねじれてる家。ねじれられない家。

今回はアガサ・クリスティ作の『ねじれた家』の感想です。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆(7/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

です。

たとえアガサ・クリスティの作品を読んだことが無くとも、また彼女が作家であることを知らなくとも、その名を聞いたことがない、という方は少ないのではないでしょうか?
「ミステリの女王」と呼ばれたアガサ・クリスティは、多くの作品を私たちに遺してくれました。
『そして誰もいなくなった』『オリエント急行の殺人』『ABC殺人事件』に『アクロイド殺し』etc...
また、そうした作品群の中で、エルキュール・ポアロにミス・マープルといった名探偵たちも生み出しました。

そんなアガサ・クリスティが、雑誌のインタビュー等で自らの作品を格付けした際に、常に上位に挙げていたのが、この『ねじれた家』だったそうです。
私はポワロや『そして誰もいなくなった』などを耳にしたことはあっても、『ねじれた家』という作品については、3年前に本を読み始めるようになるまで全く知りませんでした。

しかしたまたま上記のような事実を知り、古本屋で本書を見つけた私は、「ミステリの女王」が自薦する作品を読んでみようとレジに向かったのでした。

本作は、大金を掛けて建築され、確かに豪華ではあるもののまったく釣り合いを無視して奇妙にふくれあがってしまった「ねじれた家」に住む「心のねじれた老人=一代にして巨財を成したアリスタイド・レオニデス」が毒殺されたことから物語が動き出します。
その老人の孫娘・・・ソフィア・レオニデスと恋仲であった外交官のチャールズ・ヘイワードは、父がスコットランドヤードの副総監であることもあって、タヴァナー主任警部とともに事件解決のため「ねじれた家」に乗り込むのですが・・・

「ねじれた家」には一癖も二癖もある3家族・・・「老レオニデス一家」「老レオニデスの長男であるロジャー一家」「老レオニデスの次男であるフィリップ一家」が住んでおり、さらにそこに、老レオニデスの義姉、老レオニデスの孫らの家庭教師、それに使用人や弁護士などが絡んで、複雑な人間関係が形成されていたのです。
そして彼らはこの「ねじれた家」の中で、お互いに愛し、憎み、嫉妬し、疑い、依存しながら、ねじれた生活を送っていたのでした・・・ちょうど亡くなった老レオニデスがそうであったように。

さて本作のポイントですが、それは主人公であるチャールズが、ポアロのような「名探偵」では無いことです。
彼はヤードの副総監である父の助言通り、『ねじれた家』に住む一族らに様々な質問を投げかけ、主として聞き役に回りながら様々な情報を引き出していきます。
そのため本作では、会話の部分がとても多くなっており、そうした中からチャールズと似たような立場で読者が犯人像を推理をするような形式になっています。
また、この作品でも『そして誰もいなくなった』と同様、以下のようなマザー・グースの唄が取り入れられています。

ねじれた男がいて、ねじれた道を歩いていった
ねじれた垣根で、ねじれた銀貨を拾った
男はねじれた鼠をつかまえるねじれた猫を持っていた
そしてみんな一緒にちいさなねじれた家に住んでいたよ

この作品については、そのクライマックス・・・犯人が分かる場面で、私は戦慄を覚えました。
ラストはチャールズの父の言葉で終わるのですが、まさにその通りの読後感となりました・・・。

ちなみに現在ではレオニデス一族のようにねじれて絡まってしまった家というのは珍しくないかもしれませんね。
同時に、ねじれることすら出来ない、平行線を辿ったままの家も少なくないような気がします・・・。


アガサ・クリスティ『ねじれた家』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆(7/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10☆)

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『笑わない数学者』感想:神のトリック、凡人の知恵、そして真賀田四季の影(ネタバレあり)

チョコ(GABA)とコーヒーで足りない頭を働かせながら森博嗣さんの『笑わない数学者』をなんとか読了しました。

まず

個人的オススメ度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)
個人的満足度は☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

です。ちょっと甘いかもです。以下ネタバレ分を含みますので未読の方はご注意を。


『笑わない数学者』はS&Mシリーズ第3作であり(書かれた順では『冷たい密室と博士たち』に次ぐ第2作)、同時に私にとっても第3作目となる森博嗣作品でもありました。
前作となる『冷たい密室と博士たち』と『すべてがFになる』は、森博嗣さんの作品世界に入門するような気持ちでスススーと読んでいったのですが、2作を読んで大分慣れた(つもりだった)ので、本作は精読しようと決めました。
というのも裏表紙の粗筋によれば、本作はなんと本格ミステリの王道たる「館もの」の模様!
これは犯人とトリックを是が非でも当てなければ!と息巻いて読み始めたのですが・・・

中表紙裏の館の見取り図を見て(前作の「極地研」の見取り図にはなかった方角表記がトリックの大きなヒントになってたり)「えーと、これはもしや・・・」と思ったらまさにその通りのトリック・・・。
そしてそのトリックから必然的に導き出される犯人。
序盤も序盤、第3章までには、多くの読者が殺人事件のトリックも、それを行った犯人も想像がつくでしょう。
意地が悪く、すぐに調子に乗ってしまう私からすれば、Who done it(フーダニット)とHow done it(ハウダニット)が分かった時点で有頂天になり、どうせ動機=Why done it(ホワイダニット)もありきたりのものだろう「ツマンネ」と言って本書を放り出してしまいそうなものですが、その意地の悪さが幸いしました。

意地の悪い私は、この殺人トリックは読者をミスリードさせるものではないかと思うに至ったのです。そうして、最後はどうなるのかとドキドキしながら読んだのですが・・・犀川助教授も西之園萌絵も、そもそもその殺人トリックになかなか気付いてくれずストーリーは終盤へ。

そして終了。

確かに終了したのですが、読了後に残ったのものは、私にとって殺人トリックよりも興味深い謎でした。
思わずアガサ・クリスティ女史の『ねじれた家』を思い起こさせるような、天才数学者・天王寺翔蔵博士を中心にした不思議な一家、いや一族。

果たして天王寺翔蔵博士とは何者?
ラストの白髪の老人は何者?
白骨死体は一体何者のもの?

これらの疑問がグルグルと足りてない私の脳みその中で渦を作り、知的好奇心を刺激したのです。

「もう一度読んでみよう」
そう思った自分は、付箋紙を取り出しました。

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最近、薬の副作用で健忘が激しい私は、神のトリックに凡人の知恵を以て挑んでみたのです。
三ツ星館が内宇宙と外宇宙を反転させてるとしても、私を含め読者はさらにその外側にいる。
そして私のような凡人でも、付箋紙を元にページをめくり直せば、正確な情報を得ることができます。
ですが、現実ではこうはいきません。
昨日の出来事を正確に反芻出来る人が現実にどれだけいるでしょうか?
事実、作品内の犀川助教授は記憶の中から問題の糸口を掴むのに苦労しました。
しかし作品世界のさらに外にいる私は、付箋紙の貼られたページをめくり直しさえすれば、正確な情報を得ることが出来るのです。

まず最も気になった点は、『笑わない数学者』というタイトルです。
『すべてがFになる』と『冷たい密室と博士たち』で、タイトルからトリックやストーリーを推察するというちょっとしたズルをした私は、ここでも同じ手段を取りました。
犀川助教授が終盤で言うように、白骨死体となった人と、地下室の老人と、さらにどこかにいる(であろう)老人が、天王寺翔蔵博士と、天王寺宗太郎、片山基生なのだとすると、「笑わない数学者」は白骨死体のみ。つまり白骨死体こそ天王寺翔蔵博士である可能性が高い。
彼は『睡余の思慕』のように、三ツ星館から出て行ったのではないかと推測されます。
では地下室にいる老人と、ラストシーンに出てくる老人は誰でしょう?
ラストシーンの老人に関しては、あまりに情報が少ないので、私は地下室の老人から考えてみることにしました。

地下室の老人は「天才数学者」ということになっていますが、私にはあまりそういう感じがしませんでした。
それは私が真賀田四季博士という天才に巡り会っていたからかもしれません。
事実、犀川助教授は地下室の老人との対面後、失望したと述べています。
また、解説で森毅さんは地下室の老人は「少しも偏屈でない」と述べてますが、私のような文系凡人からすると、ものすごい理屈っぽい偏屈な人に感じられました。
そして理屈っぽいと言えば天王寺宗太郎ではなく、片山基生でしょう。
何せ息子が「理屈っぽかった」と評しています。

また、萩原刑事が探してきた写真では基生氏が「仙人のような長髪になった」となっています。
さらにもしかすると『睡余の思慕』も、その作風が以前の著作とまるっきり違うことから、天王寺宗太郎ではなく、片山基生が書いたのかもしれません。
宗太郎が亮子や君枝から愛され、昇から思慕されていたのと対照的に、基生は誰からも愛されなかった・・・飛行機事故で一人生き残ってしまった人物のように、孤独感を感じていたのかもしれません・・・。
そしてその作品の原稿のコピーを「ぞっこん」であった亮子に送ったのでは・・・などと考えてしまいました。

他にも、癌治療を思わせる、一日一食にしてる件だとか、犀川助教授との問答で、定義の違いではなく犀川助教授に対して「若いからだ」と言ったあと「私はもう何年も生きられない」などとも述べていることだとか・・・。
それから、三ツ星館を建築したのは基生さんですし・・・結果的に(社会的、或いは世間的という意味も含め)生き残ったのが片山家の3人と湯川さんですし(これは弱い要素かも)・・・。

まあ、そういった様々な条件から、こじつけですが、地下室の老人=片山基生、故にラストシーンの老人=天王寺宗太郎と私は「定義」しました。

正解がどうかとかは、全く分かりませんが。



森博嗣『笑わない数学者』

個人的オススメ度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10☆)
個人的満足度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(9.5/10☆)

満足度は知的好奇心を刺激してくれたので。
オススメ度は、読んでもらった皆さんの意見を聞きたいから、ということで。


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