通院日。
今日は二週間に一度の通院日。
開院十五分後に病院に着いたものの、休日の谷間だったためか待合室には既に十余名の患者がいた。
私はその様子を横目に見て、まず一時間待ちを覚悟する。覚悟して、診察券や諸々の必要提出物を受付の窓口に差し出す。そしていつものように体を右へと翻し、廊下の端に寄せられた長椅子に向かおうとした・・・したのだが、そこには既に先客がいた。
「今日はこちらも満席か・・・」と思い、苦笑する。
仕方がないので私は廊下とは反対側の・・・長椅子やソファが規則正しく並べられた、広いわけでもなければ狭いわけでもない・・・だからといってちょうどいい広さでもない待合室へと向かう。
私はこの中途半端な広さの待合室が嫌いだった。
そこは歓談するに適したような待合室だったからだ。
四角いガラスのテーブル。
テーブルの上には美しい造花。
そのテーブルを囲むように柔らかいソファが配されている。
こんな場所で、こんな病気を扱う場所で、誰が歓談なんてするのだろう?
私はこの病院の数少ない欠点と思われる場所に腰を下ろした。
天井を見上げ溜息のようなものを吐き出すと、ゆっくりと視線を降ろしていく。
前屈みになって膝の上に肘を乗せ、指を組み、私は目を瞑った。
どれくらい経ったか。
体が前に倒れそうになって目を覚ます。
周りの人の反応を窺い、おそらく誰にも見られていないと一人安心した後で、正面の壁に備え付けられている丸い掛け時計を見る。ここに来てから・・・この場所に座ってから、一時間半以上が経過していた。
一瞬、私の番は飛ばされてしまったのではないかとの不安が頭をよぎったが、そんなことはあろうはずがない。私は前屈みになっていた姿勢を正し、伸びをするように背筋を反らせる。その途中で、右斜め向かいに座っている青年の姿が目に入った。クリップの付いたボードを下敷きにして、わら半紙に何かを書いている。
(あれは・・・確か・・・)
記憶を手繰る。
瞬間、「そうだ」と思い、私は頭の中で手の平を叩いた。あれは初診の人が書く病状報告書のようなものだ。もっともそれは、病状よりも、家族構成だとか、その職業だとか、学歴だとか、信仰してる宗教だとか、とかくプライベートなことをあけすけと聞いてくる、私にとっては至極不快なものだった。
青年もどう書いていいのか迷っているようで、指の上でペンが踊ってばかりいる。
私はもう一度正面の壁に備え付られている丸い掛け時計を見て現在の時刻を確認した後、寝起きで虚ろなままの脳みそをもう少しだけ働かせてみて、その知覚可能範囲を広げた。
そして周囲の様子を窺ってみる。
もう一人、初診の人がいた。精悍さを漂わせる男性だった・・・少なくとも私にはそう見えた。
「色んな人がいるなぁ」と、他人事のように思っていると、左斜め向かいに座ってた初老の男性が、「もう二十分以上呼ばれないねぇ・・・」というようなことを口にしていた。隣に座っている同じくらいの年齢の女性が頷いている。
(前と同じパターンか・・・)
前々回の診察時を思い出す。
結局彼女は前回の診察時には来なかった。正確に言うと、会わなかった。来たかもしれないが、会わなかった。
そして今日も来ていない。
正直どうでもいいことだったが、どうでもいいことに頭が回るのは、頭のどこかに余裕が出来たためかもしれないな、と考える。前向きに考えることはいいことだ、と。
そう思いながら再度息を吐き、伸ばした背筋を緩めてソファに身を沈ませようとしていたところで、突然私の名前が呼ばれた。意外だった。まだ待合室には十名以上の人がいるのに・・・そう思いながら返事をして立ち上がると、私は小走りで診察室に向かった。
診察室。
先生は私を見るなり前々回の診察時のように「お待たせして申し訳ない」と仰ったが、私はやはりそれほど気にしていなかったので、逆に恐縮してしまうこととなった。
問診が始まっても、私は待合室の人々の数が頭から離れなかった。さらに心は縮こまったままだった。そのためとりあえず大まかに現在の病状を話した後、伝えるべきかどうか迷っていた起立性低血圧という「副作用」のことを、結局口に出さないことにした。もともと副作用が出やすいハイリスクハイリターンな薬なのだ。「副作用」が出ることは「主作用」が出ていて当然だと私は一人合点して、診察を終えた。
パタパタとスリッパを鳴らしながら、急かされてるようにリノリウムの廊下を歩く。
この病院の数少ない欠点である待ち合い室へと戻る。
そしてソファに腰掛けようとした・・・したところで、廊下の奥からまた私の名を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。
再び呼ばれ訪れた診察室、そこで先生はいきなり血液検査がしたいと仰った。
何でも気になることがあるという。先生は何が気になるかを言ったような気がしたが、私は緊張していてあまりよく聞いてなかった。
ただ、自分としても断る理由がないので、とりあえず採血してもらうことにした。
さらに奥の部屋へと通され、看護師さんに血を採血してもらう。
その血は私が思い描いていた以上に綺麗だった。深紅の血だ。真紅の血だった。
採血はすぐに終わり、二週間後に結果が判明するからと言われて、私は診察室をを出た。
血液検査。
正常だったら、問題はない。
異常だったら、それはそれで病因とその対策を講じられるわけだから、「悪い結果だ」というわけでもない・・・多分。
ともかく二週間後にどんな結果が出るか、楽しみ半分、不安半分・・・そんな気持ちで私は病院をあとにした。
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